『資本論』第一巻を読む IV:第4回

 

第16章「剰余価値を表わす種々の定式」

前回、15章の読み残したを検討してから、16章に進みます。

1. 第16章「剰余価値を表わす種々の定式」

二つのことが述べられています。

  1. 古典派経済学が、m/v を m/(v+m) で表現するのは、労働日を一定と考え、そのv と m の「分配」として捉えたことによる。ここに古典派のイデオロギー性がある。
  2. 剰余労働/必要労働 = 不払労働/支払労働 というのは(労働力の価値がすべて支払われている点を考えると)「通俗的な表現」だとしながら、この後を読むと、労働期間が二つの期間に分かれ、「剰余労働の期間」に関して「不払労働」ということを認めているようです。そして、つぎのように不払労働概念を積極的に用いるのですが、これは必要なのでしょうか。私は「搾取」概念を不明確にする弊害のほうが大きいと思います。

すべての剰余価値は、それが後に利潤、利子、地代などのどのような姿態に結晶化しようとも、その実体からみれば、不払労働の体化物である。資本の自己増殖についての秘密は、資本が他人の一定の不払労働に対して処分権をもつということである。

なお論争的な問題もあります。註17 のロートベルトスの『地代論』の評価です。ドイツの「社会政策学会」(1872 -)とマルクスの関係は調べてみる必要があります。

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