『資本論』を読む」カテゴリーアーカイブ

変革のアソシエ講座「『資本論』を読む」の講義内容

『資本論』第一巻を読む V:第10回

  • 日 時:2019年 2月28日(第4木曜日)19時-21時
  • 場 所:文京区民センター 2階 E会議室
  • テーマ:『資本論』第1巻 第25章
第25章「近代的植民理論」

タイトルだけみると帝国主義段階の植民地かと思ってしまいますが、これは関係ありません。北米大陸、オセアニアへの移民を、「資本の原始的蓄積」の裏返しの現象として描くことで、資本主義の成立にとって労働力の商品化が鍵であることを逆照射する、その意味では前章の補論とみてよいでしょう。しかし、そのうえで、マルクスがその晩年、目撃していたはずの帝国主義的植民地支配の急激な進展に対して、どう考えていたのか、知りたいところです。没する直前、病を癒やすべく避寒のためにアルジェに渡って、たしか一、二ヶ月ほど滞在していたはず(M.ムスト『アナザー・マルクス』訳書362頁以下)。エンゲルスなどに送った手紙は残っていますが、20世紀型の植民地についてどう考えていたのか、はよくわかりません。寿命は歴史をこえられません。

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『資本論』第一巻を読む V:第9回

  • 日 時:2019年 1月24日(第4木曜日)19時-21時
  • 場 所:文京区民センター 2階 E会議室
  • テーマ:『資本論』第1巻 第24章第7節
第24章「いわゆる本源的蓄積」その3

第24章を、そしてある意味では、『資本論』第1部を締めくくる第7節を詳しく読んでみます。

資本主義の起源を単に労働力の商品化に求めるのとは違うlogicが潜んでいることを前回の終わりにちょっと話してみました。今回はこの問題について議論してみましょう。

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『資本論』第一巻を読む V:第8回

  • 日 時:2018年 12月27日(第4木曜日)19時-21時
  • 場 所:文京区民センター 2階 E会議室
  • テーマ:『資本論』第1巻 第24章第4-6節

第24章「いわゆる本源的蓄積」その2

第4節から第6節まで読んでみます。第24章は大きく区切れば三部構成です。

  1. 第1節から第3節は「鳥のように自由なプロレタリアートの創出」がテーマでしたが、
  2. 続く3つの節は「資本家たちはどこからきたのか?」がテーマです。
  3. 最終第7節の「歴史的傾向」は「資本主義のゆくえ」がテーマです。

1と2を合わせれば、資本主義の生成が説明できそうですが、そう簡単にはゆきません。こうした通俗的解釈に疑問を投げかける力は身についたはずです。純粋資本主義論の単一起源説か、はたまた変容論的原理論による多重起源説か、資本主義化の道を単線的に考えるか、複線的に描くか、が分岐のカギになります。

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『資本論』第一巻を読む V:第7回

  • 日 時:2018年11月 22日(第4木曜日)19時-21時
  • 場 所:文京区民センター 2階 E会議室
  • テーマ:『資本論』第1巻 第24章第1-3節

会場費200円です。ご自由にご参加ください。

第24章「いわゆる本源的蓄積」その1

今回から3回ほどでこの章を読む予定です。書かれている事例は14,5世紀から、と古く、対象もイングランドが中心で、現代とはかけ離れた昔の話と考えがちですが、問題にされているのは「資本主義はどのように発生したのか」という重要なテーマです。あるいはもっと一般的な言い方をすれば、「資本主義はどのように発生するのか」という問題です。こう考えればストレートに現代と結びつくはずです。20世紀末にグローバリズムというバズワードでスポットが当てられた新興資本主義の台頭という現象は、見方を変えれば、資本主義の発生問題を再考するよう迫っているのです。

この章は、従来、”「原理論」の本体ではない”という読み方がなされてきたのですが、背後にはかなり理論的に構成された内容が含まれています。いま『資本論』を読むとすれば — 歴史は歴史としておもしろいのですが — 思いきって理論面を抽出して読んでみるのがよいと思います。

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『資本論』第一巻を読む V:第6回

  • 日 時:2018年10月25日(木)19時-21時
  • 場 所:文京区民センター 2階 E会議室
  • テーマ:『資本論』第1巻 第23章第4-5節

会場費200円です。ご自由にご参加ください。

第23章「資本主義的蓄積の一般的法則」その3

 

前回入れなかった第4節と、第5節「資本主義的蓄積の一般的法則の例証」を読んでみます。第4節は「一般的法則」が生みだした産業予備軍の話ということでひとまず了解できるのですが、第5節はどういう意味で「一般的法則の例証」なのか、昔から悩ましい節です。「例証」なので、当然、具体的史実がふんだんにでてきますが、とくにテキストの解釈が分かれる難しい内容ではありません。

しかし、この節は何度読んでも、資本構成の高度化から産業予備軍の累積を説く一般法則からみると、ズレているような気がします。下手をすると、一般法則の内容まで、資本主義のもとでは貧富の差が広がるという、当時のジャーナリストがしきりにレポートしていた、通俗的な社会批判になりかねません。『資本論』を読まずに、労働者の生活困難を論じている書だと先入観をもつ人には都合のよい「例証」になりそうですが、それだけなら、ここまで理論を積み重ねる必要はないでしょう。

あるいは『資本論』が書かれ出版された状況に照らして理解すべき、何か特殊な事情があったのかもしれません。とくに最後の「アイルランド」は、おもしろいのですが、「一般的法則」からはずいぶん距離があります。それでも、『資本論』を刊行するにあたって、1867年の時点で書いておかなければならない何かがあったのでしょう。『資本論』を古典的なテキストとして「読む」というこの読書会の趣旨からは離れますが、少し観点を広げて考えてみる必要がありそうな節です。チャーチスト運動の熱気がさりヴィクトリア朝の富裕化してゆくイギリス労働者に社会主義の未来をみるのか、あるいはアイルランドから追われ合衆国に流れ込む移民に新たな周辺革命を展望するのか….改革か革命か

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