『資本論』第一巻を読む IV:第3回

 

  • テーマ:『資本論』第1巻第15章

第15章「労働力の価格と剰余価値との大きさの変動」

これらの章では、とくに新たな展開がなされているわけではありません。正直にいって無視されてきた章なのですが、読みなおしてみるとこれまであまり問題にされてこなかった論点がありそうです。「家族」を通じた労働の維持とか、労働の強度の問題とか、必要と剰余の概念とか….. ただ叙述形式がマルクスがよくやる機械的な場合分けなので、ちょっとウンザリするかもしれませんが、できるだけ実質的な問題を読みとるように努めましょう。

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SGCIME 報告

ある研究会向けのスペシャルバージョン「マルクス主義のゆくえ」です。

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『資本論』第一巻を読む IV:第2回

 

  • 日時:2017年8月16日(水)19時-21時

第14章「絶対的および相対的剰余価値の生産」

この篇は、新たな展開がなされているわけではありません。基本的に第3篇第4篇の補論と位置づけてよいでしょう。

とはいえ、いくつかのトピックが羅列されているようにみえ、要するに何が言いたいことか、つかみにくい章です。この章が絶対に必要なのか、という問題です。「絶対的および相対的剰余価値の生産」という第3のカテゴリーがあるわけではありませんから…

今回あらためて読んでわかったのは、要するに《生産力(の上昇)が剰余をうむというイデオロギー批判》の章だということです。

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『資本論』第一巻を読む IV:第1回

2017年3月でひとまず終了としたアソシエの読書会を再開します。

  • 日時:2017年7月26日(水)19時-21時
  • 場所:銀座経済学研究所
  • テーマ:『資本論』第1巻前半部分を振りかえる
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あれから何年経つたことか — 宇野理論の原風景

Newsletter「宇野理論を現代にどう活かすか」に塩沢由典さんの投稿がありリプライを依頼されました。物象化論について少し考えたことをメモしただけで、塩沢さんの宇野理論批判に正面から答えたものではありません。機会があれば国際価値論など、本題に向き合ってみたいと思います。
「価値実体論から価値内在説へ」

1. 1. 「宇野理論」の原風景
「宇野理論」なるもの (1)/「実体論」なるものの (2)/「廣松 渉の関係主義」(3)
2. 物象化論批判
関係主義と物象化論 (4)/物象化論の意味するもの (5)/「原論」と「対象科学」(6)/経済学 の原論化の困難 (6)/『資本論』の解決策 (6)/質量分離論 (7)/ナイーブな見做し論 (8)/見 做し論の弊害 (9)/ねじれの関係 (10)/投下労働量の事前的確定 (11)/投下労働量の活用効果 (11)/価値の内在性 (12)/《ある》の原理 (13) 種の属性としての価値 (13)/ミクロ経済学と の対局 (14)/在庫と貨幣の実在する市場 (15)
3. 遠景の「宇野理論」
実体概念の「汚染」(16)/『資本論』における「実体」(17)/「同じ」と「等しい」(18)/形態 と実体の二項化 (18)/「次元の相違」(19)/価値論への回帰 (19)/実体概念の膨脹 (20)/社会 的再生産 (21)/「買い戻し」と「本源的弾力性」(22)/『商品による商品の生産』(23)/「実 体」の棄却 (24)
附論
「段階論」について (25)/国際価値論について (26)/在庫調整について (26)/賃金について
(27)
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広義の… という罠

昨年の夏でした。ある研究会で新著の批評を頼まれ、こんなスライドを使って、拙い報告をしました。少し時間ができたので、ちょっと文章にしておこうとはじめたところ、またもや方法の問題に深入り。結果的にコメントを逸脱した安田均『生産的労働の再検討』へのコメントになってしました。最近、若い人たちが頻りに「狭義の何々、広義の何々」という論法をつかうのですが、私は昔からこれがシックリこなかったので、安田さんの狭義、広義の生産的労働という議論に託った広義化論一般の批判に逸れてしまった次第です。

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近くて遠きは

もう何十年もまえからの間柄ではありますが、いくら読んでもわかるようでわからない、そんな論文がこんど大部の書物として刊行され、コメントを頼まれました。頼まれれば断らないという定めどおり引き受けたのはいいのですが、例の如く難渋しました。傍からみると、同じようなことをいっている近き仲にみえましょうが、近くて遠きは学者の仲、またまた、辛口の批評になりました、あしからず。大黒弘慈『模倣と権力の経済学』『マルクスと贋金づくりたち』を読む

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『資本論』の読まれ方

「マルクス主義・社会主義・社会民主主義 — 『資本論』とドイツ修正主義論争 —」という演目で一席との依頼、請われればよほどのことなきかぎり引き受ける、これが当研究所のモットー。そこで俄に「 『資本論』とドイツ修正主義論争 — 『資本論』の読まれ方 — 」なる話をいたしました。帰りがけに会の名前を尋ぬれば「遊子会」とやら、さればかかる粋狂も、またむべなるかな、と納得した次第。

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『資本論』第1巻を読む III 第10回

第13章 機械と大工業 その6

前回は第6節と第7節を読んでみました。これらの節は、相対的剰余価値の生産という枠には収まらない議論が展開されています。その意味で第13章の第2層を構成しています。中心になっているのは、機械の導入の過程で、旧生産方法が破壊され機械の導入が進むなかで(第6節は「マニュファクチュア時代」の話で、第7節はそれ以降の現実と了解しますが)、就業労働者数の動態が考察されています。その意味で、第7篇の資本蓄積論と重なります。ただ、その内容は両極分解、窮乏化といった第7篇の基調とはズレています。絶えざる分解が継続し、労働力の反発と同時に吸収の側面が重視され、よりダイナミックな資本主義の発展過程が読みとれます。これは続く第5篇「絶対的並びに相対的剰余価値の生産」の基底をなす、形式的・実質的包摂論に、より親和的です。したがって、『資本論』のこの部分には、資本構成の不断の高度化の行きつく先を論じる資本主義的発展の理論とは異なる、過程論的な、もう一つの資本主義的発展の理論が潜んでいるという私の解釈を話してみました。しかし、この第13章にはさらにもう一層、第3の層が含まれています。ということで、今回はその第8節から第10節を検討してみます。なお、今回最終回でとりあげる、第8.9.10節の概要は、第9回のページにすでに掲示してあります。

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『資本論』第1巻を読む III 第9回

第13章 機械と大工業 その5

前回は第4節と第5節を読んで議論してみました。第13章は、第1節から第3節までの第1層と、この第4節からはじまる第2層に分かれるという話をしました。実はもう1層あって、全部で少なくとも3層くらいで<構成>されていると考えられます。ということで、今回は第6節からはじめます。

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